2013/02/23

5 私のハッタリ見抜いて見なさい

デイヴ・シムズはミュージシャンにとって本当の味方と言える人物であった。彼の店はそのほとんどが中古のアンプ、ギター、ベース、スピーカーなどに埋め尽くされていた。彼は芽を出しかけた若いミュージシャンがいると、いつのまに何とかしてあげようとしているのが常で、きっとお金はなかったんだろうと思う。

デイヴはまたトニー・ディー・ショーバンドも運営していた。今でもこの名前がどこから来たものなのかわからない。トニー・ディーなどという人物は間違いなく存在しなかったのだ。

私はオーディションは受けてない。あれはもうリハーサルだった。バンドは2人のブラス・セクション、ベース奏者、ギタリスト、ドラマー、そしてオルガン(鍵盤が2段のヴォックス・コンチネンタル)担当の私、そして女性シンガーからなっていた。演奏される音楽は多岐に渡っていて、バンドはロンドン周辺にある多くのトップクラスの場所と出演契約を結んでいた。 1週間に数日、夜しか仕事をしなかったので、お金はトップ・ランクで稼いでいた時ほど多くはなかったが、私はバンドと一緒に仕事をすることを本当に楽しんでいて、デイヴと私は素晴らしい友人となったのである。

数ヶ月後には私は王立音楽大学の学生となり、さらに数ヶ月後には暇な時はいつもミュージカル・バーゲン・センターで過ごすようになっていた。デイヴは多くの一流バンドを顧客に持っていた。有名なところではザ・フーのジョン・エントウィッスルがそうであった。店は常にがやがやと騒々しく、デイヴは店に入ってきたどんな楽器でも触らせてくれた。

1968年初頭のことだった。私は王立音楽大学の2年生になっていて、すでに大学生活にかなり幻滅しているところだった。

その日の朝、私はアントニー・ホプキンズの音楽技法の講義を受けに大学に行く途中、ちょっとコーヒーを飲みにバーゲン・センターに立ち寄った。

デイヴの右腕であるアーニーと私は、ハモンド・オルガンの素晴らしさや、どうして私が店にある中古L100を購入しないのかについて話している時だった。ドアが開き黒い縮れっ毛の若者が入ってきた。

「やあ、チャズ。」デイヴが言った。「何かお探しかい?」
「標準サイズのロトサウンド弦を1セット。フェンダー・ジャズ・ベース用のね。」

アーニーが1セット彼に手渡した。

「チャズ、調子はどうだい?」
 
「もう悪夢って感じだよ。」彼は弦をポケットに入れると、デイヴが渡したコーヒーのマグを嬉しそうに受け取った。「今ジミー・トーマスっていう黒人のソウル・シンガーと仕事をしてるんだ。彼はアイク・アンド・ティナ・ターナー・バンドの男性シンガーなんだけど、プロデューサーのデニー・コーデルが、ソロアルバムを作ろうってことで彼をイギリスまで呼び寄せたんだ。困ったことにさ、スタジオ入りが1週間後だっていうのに、彼のバンドメンバーの半分に労働許可証が下りなかったっんだ。中でも一番頭が痛いのは、労働許可証が下りなかったメンバーの1人がオルガン奏者だってことなんだ。彼がブラスのアレンジを一手に引き受けていたからね。だからジミーはそっちの問題も解決しなきゃなんだ。オレはこれからアレンジ前の曲のデモ・テープをデニーのオフィスに正午までに持って行く。その後すぐリハーサルに行くんだ。」
 
「その問題なら解決できると思うよ。」デイヴが言った。
「本当か?」チャズが言った。「だったら最高なんだけど。」
「オルガン奏者でアレンジだってお手の物で、必要とあらば何でもやるし、料金も高くはないって人間を知ってるぜ。」
私はデイヴを見た。とても感心していたのだ。この男はどんな人間でも知っているに違いない。

「その男はどこにいるんだ?」チャズが聞いた。
「ここにいるよ。リックだ。」

私はチャズの差し出した手を握った。言葉が出なかった。

「今、車からテープを持ってくる。すぐ戻るから。」

私はその場で立ちすくみながら、何とかデイヴに向けて言葉を発した。

「気でも触れたのか?バンドのアレンジなんてほんの2〜3回しかやったことないし、ましてそれはショーのためのバンドだったんだ。」
「どこか違うのかい?お前ならできるさ。」

チャズが1/4インチのテープリールと電話番号が書かれた紙を持って戻って来た。

「これがオレの電話番号だ、リック。君の電話番号を教えてくれ。今日中に電話でレコーディングをいつ、どこでやるかとか、細かいことを教えるから。それとアレンジしたものをどこへ送ったらいいかも。もう行かなきゃ。」

彼は行ってしまった。

私は音楽技法の講義を休んだ。家に戻ると格安で手に入れたハイ・ファイ・テープ・レコーダーでテープをかけた。デモテープであっても素晴らしい音だった。すぐさまブラス部分をどうしたら良いか、いくつかのアイデアが浮かんだ。その時私は、何人のミュージシャンを前提で作業すればいいのか、そしてまたどんな種類の金管楽器を使おうとしているのかがわかっていないことに気づいた。私はチャズに電話を入れ、バンドの編成についてもっと詳しく話を聞いた。

彼の答えで私は自分の置かれた状況をはっきり悟り、私は生まれて初めて心臓発作を起こすかと思った。

「ジミーに話をしたんだけど、君がアレンジとオルガンの演奏と両方やってくれるってことにすごくびっくりしてたよ。君がとても経験豊かだって言ったら、じゃあ君にミュージシャンの手配を頼みたいって。ブラス・セクションはトランペット2人、トロンボーン2人、サックス2人の計6人。君に指揮もお願いしたいって。ちなみに場所はバーンズにあるオリンピック・スタジオ、来週の金曜日の朝10時の予定だ。そこで会おう、リック。」

そこで会おうだって?私はその場所すら知らないっていうのに。スタジオなどに入ったことなど一度もないし、いったいどうすればミュージシャンを雇えるかなんてこともまったくわからないのに。

その週は大学は棚上げ状態となった。表向きは私は病気となった。実際は私は病人のような気分であった。私はおびえていた。アレンジは出来上がり、満足のいくものとなった。そしてすべてを1人でパートごとに書き出した。それには長い時間がかかった。トップ・ランクのレニーにもコンタクトを取った。彼は親切にもその仕事にふさわしいセッション・ミュージシャンを紹介してくれた。彼らは得体の知れない10代の若者からの出演依頼にも、まったく平然としているように思えた。彼らはセッションがいつ、どこで行なわれるかという詳細を書き留めると電話を切った。

その日がやってきた。私はオリンピック・スタジオに3時間早く入った。受付にはヴィック・スミスという男がいて、自分はエンジニアだと言った。彼は腕時計を見ると、なぜ私がそんなに早く来たのかと聞いてきた。私がチャズと一杯やるからとか何とかつぶやくと、彼はその説明で納得したようだった。

「チャズのことだから、たぶん道向こうのパブに居るよ。」ヴィックが言った。「僕はスタジオの準備をしなきゃだから、申し訳ないけどまた後で会おう。」

彼は長い階段を上って消えていった。私は通りをブラブラと歩いてパブに行ってみた。そこでスコッチの大を2〜3杯飲んで時間をやり過ごした。

セッションが始まる予定の45分程前に受付に戻ってみると、正面玄関から入ってくるチャズに出会った。

「やあ、リック。すべて問題無しかい?ジミーはバンドの残りのメンバーと一緒に今ここに向ってる。たぶん最初にバックトラック[訳者注:backtrack=カラオケ部分]をやって、それに真夜中ぐらいになってブラスを加えることになるだろうな。」 
「ブラス奏者たちは10時に来ることになってるんだ。」私はそう言うと、パニックになりかかった。
「大丈夫。出番が来るまで向こうのパブに行ってるだろう。スタジオ2に行って準備の様子を見てみようぜ。」

2人してスタジオ2のコントロール・ルームに入ると、私はアゴが床に着くかというほどのショックを受けた。私はそれまでスタジオの写真すら見たことがなかったのだ。数百のつまみやフェーダーで埋め尽くされた机は、部屋全体を占拠しているかのようだった。あらゆるところで光が点滅し、机以外のスペースには今まで見た中で最も巨大なテープレコーダーが置かれていた。それはまるで別世界にいるような光景であった。

ヴィックが私に話しかけてきた。「新しいステューダー[訳者注:Studer。スイス製のプロ用オーディオ機器メーカーで、アナログ・テープ・レコーディング&ミキシング機器を作った。大ヒットしたStuder-Revox A77は1967年に発売された。]を使ったことあるか?」ステューダーが何かまったく分からなかったので、私は一番無難な答えを選んだ。

「いや。」

私は自信たっぷりに答えられた自分にとても満足していたが、ヴィックの次の質問にショックを受けた。

「それなら、メインに使ってたのは何だい?」
「そうだな、いろいろだよ。まあそんな感じ。」

ヴィックは納得したようだった。

「ああ、最近はどこも違うものを入れてるからなぁ。でも君がステューダーを気に入ってくれると良いんだけどな。」

「もちろん気に入るさ。」私はそう言うと、セッションが終わるまでにステューダーが何か分かることを願わずにはいられなかった。

私たちはレコーディング場所に入ってみた。そこには遮蔽物に囲まれたドラムセットが準備され、チャズのベースアンプがマイクがセットされた状態で壁向きに手際よく置かれていた。チャズのアンプと正反対の壁には、立派なハモンドがあり、部屋の中央には指揮者用の巨大な譜面台があった。

私はパニックになり始めた。

「大丈夫か?」チャズが聞いた。「顔色が悪いぜ。」
「チャズ、ここだけの話だけど、ブラスパートのことがちょっと心配なんだ。」私は言った。
「でも今までたくさんのアレンジやってきたんだから、」チャズが言った。「今回だって同じだよ、そんなセッションの1つに過ぎないって感じだろ?」

私は彼に微笑むとトイレの場所を聞いた。

トイレから戻ると、チャズとドラマーとギタリストが、レコーディング予定の曲を通し練習していた。曲の名前は“ザ・ランニング・カインド”だった。

コントロール・ルームではヴィックの他に3人の男がいて、その中の1人の黒人がジミー・トーマスだと思われた。

彼らはレコーディング・スタジオに入ってくると、チャズが私のところへ連れて来た。

「こちらがリック。」彼はそう告げた。

私は「やぁ」、「どうだい」、「今夜はきっと最高だぜ」などと次々に言葉を浴びせかけられた。
私はこの最後の言葉に関係することになるのだ。

最後に彼らはそれぞれデニー・コードウェル、トニー・ヴィスコンティ、ジミー・トーマスだと名乗った。

「この辺りでは見かけたことがない気がするんだが、リック。今はどこで仕事してるんだい?」トニーからで質問が来た。彼の言葉には柔らかなアメリカ英語のアクセントがあった。

「上級科目に合格して王立音楽大学に在籍しているんです。」 というのは期待に沿った答えだとは思えなかったので、私は妥協した。

「海外から帰ってきたばかりなんです。」

これは噓ではなかった。事実はほんの数ヶ月前に人生初めての海外旅行をしてきた、というものであったが。もっと正確に言えばスペインのマヨルカ島に行っただけだった。私は友人のピーター・ウェイクフィールドと一緒に49ボンドのパック旅行に行ってきたのだ。

「今年はみんなヨーロッパへ行くみたいだね。」トニーが言った。「そこはどんなだった?」
「暑かったよ。」私は言った。
彼らは笑った。その理由は分からなかったが、何とかそこまでは上手く切り抜けられているように思えて、少しずつ自信が湧いてきた。

「さて、始めようか。」デニーが言った。「僕がブラス奏者たちをパブにご案内しよう。せいぜい2〜3時間で、曲を彼らに演奏してもらえる状態にしないとな。」

私はハモンドのところに腰掛けると電源を入れた。私はとても興奮していた。アドレナリンが猛スピードで溢れ出していた。

返し用スピーカーから声が聞こえた。

「カン(cans)を着けてくれ、リック。そしてカウントを頼む。」
「え?」
「君のカンを着けてカウントだ。」
「僕のカン?」
「そうだよ、君のカンだ。」

その瞬間私はパニックを起こした。私は詐欺師なことがバレて、もう捕まってしまうと確信した。本当にカンとは何かを知らなかったのだ。コークの缶が近くに落ちていたが、それを頭に着けるとレコーディングの何の役に立つとは思えなかった。

私は「僕は別の惑星に来ちまった」方法を取ることにした。

「申し訳ない、見えてないみたいだ。カンがとこにあるか分からない。」
「そこだよ、オルガンの上の目の前だ。」コントロール・ルームからの声が言った。

オルガンの上にあるのはヘッドフォン[訳者注:cansにはヘッドフォンの意味がある]だった。私はそれを頭に着けるとそこから「そうだ。じゃあ自分のタイミングでカウント入れてくれ。」という声がしたので安心したのだった。

“ザ・ランニング・カインド”は実に格好良いオルガンから始まり、曲の間中も出ずっぱりなので、あまり簡単だとは言えない曲だった。バンドの息はピッタリで私がチャズと演奏したのも初めてだったが、彼は本当に素晴らしかった。

「良いぞ、」デニーの声が返しスピーカーから聞こえた。「あと何回か通しでやったら、レコーディングに入ろう。3テイクも録れば良いだろう。そうしたら15分休憩にして、その間にブラスセクションをパブから呼んできて、マイクのセッティングもやっちまおう。」

そしてその後はまさに言った通りに進んだ。

リズムセクションはスタジオから帰って行った。進行上彼らの出番は終ったのだ。私だけがデニーとトニーとジミーと一緒にその場に残った。ブラス奏者達がパブからやって来て決められた場所に座った。

私は譜面を渡した。彼らはちらっと自分のパートを見ただけで、目の前の譜面台にそれを乗せると、互いにおしゃべりをし出した。私は感心しながらもまた神経質になり始めていた。

「よし、始めようか。」デニーが言うと、彼とトニーとジミーはコントロール・ルームへ戻って行った。

彼らの出番は16小節が終ってからだった。私は指揮者用の譜面台のところに立って、正確にボラスセクションが入れるように、 声に出して16小節を数えた。

でも心配は無用だった。彼らは本当にプロだった。自分たちがどこで入るかなんて分かっていたのだ。15小節目になったら誰もが、前もってもうマウスピースに唇を当てていて、17小節目には演奏を始めていた。凄まじい音が響くと、あっという間に演奏が終った。

私は口がきけないほど驚いた。

「いったい何が起きたんだ?」コントロールルームからのデニーの声が響いた。 「みんな、ちゃんと演奏してくれ。」

私は彼らがちゃんと演奏していたんだという嫌な予感に襲われた。彼らは、私が書いた譜面通りにちゃんと演奏していたという嫌な予感である。

「もう1回やろう。」デニーが言った。
もう1回やってみた。
結果は同じだった。

リード・トランペット奏者が私を手招きした。
私は彼のところへ行った。

「坊や、こりゃ誰が書き写したんだ?」
「僕が自分でやりました。」私は答えた。
「移調するのを忘れてるぜ。」

私はその場で死んでしまいたかった。隠れる場所はなかった。アレンジを書くのに一生懸命で、ブラスパートをそれぞれの楽器のキーに合わせて移調するのをすっかり忘れていたのだ。もう逃げ道はなかった。もう一度各パートを書き直すとしたら、4〜5時間はかかるだろう。もう私が凶悪犯であることがバレてしまう。

リード・トランペット奏者が私の耳にささやいた:「坊や、大丈夫だよ。助けてやるよ。」彼は他の4人の方に向き直った。「これは実音[訳者注:移調楽器用に書かれた譜面の音を記音と言うのに対して、その楽器が実際に出す音のこと。]で書かれているから、うまく移調してくれ。」

彼らはそうしてくれた。すると素晴らしい音になったのだった。

トランペット奏者は名前をケニー・ベイカーと言い、 イギリスきってのセッション・プレーヤーの1人だった。彼には生涯感謝し続けるだろう。

セッションは終った。私は譜面を取ってコントロール・ルームに行くと、ヴィック、トニー、デニー、ジムに、さようならとありがとうを言った。

デニーが私に手招きした。

「リック、 君は素晴らしいプレーヤーでアレンジャーだな。今いくつかアイデアを持っているんだけど、そのことで君とちょっと話がしたいんだ。月曜の朝11時にオフィスの方に来てくれないか。」

彼は私にカードを手渡した。そこには「デニー・コーデル、リーガル・ゾノフォーン」[訳者注:Regal Zonophoneはイギリスのレコード・レーベルの名前]という文字と住所が印刷されていた。 

私はそれをポケットに入れると階段を下りた。

月曜の朝だと“16世紀の音楽”の講義が1回出席が足らなくなってしまうのであった。



※タイトルの「Call my Bluff」は「call one's bluff = 〜のハッタリを崩す、〜のハッタリを見抜くという、カードゲームのポーカーから来た言葉。「私のやっていることがハッタリだというのなら証明して見なさい」というような意味と考えられる。